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シャネルの基礎知識

シャネルとは

ココ・シャネルが、1914年にフランスで興したファッションブランドで、創業当時は、帽子のお店でした。シャネルは、「女性が働きやすい服」をモットーに、シックでシンプル、そしてエレガントでありながら、着心地を重視したスタイルを次々と提案し、有名になったブランドです。パンツスタイルを世の女性たちに広めたのもシャネルだといわれています。白と黒を基調にしたデザインと、CCのロゴは、誰もが1度は、目にしたことがあると思います。

また、マリリンモンローがつけていたといわれる香水「シャネルNo5」や、襟がない「シャネルスーツ」などは、あまりにも有名です。ファッション界でも、常に影響力をもち、シャネルを愛する人のことを「シャネラー」と呼ぶほど、世界中の人に親しまれているブランドです。

シャネルの原型

シャネルの原型が形成されたのは、1920年代前後といわれ、黒とベージュを基調にしたシックでシンプルなドレスを発表し、実用性と機能性を重視していました。そして、それまで、ただの飾りでしかなかったボタンやポケットに、現実的な役割を与えたといわれています。ふくらはぎ丈のパンタロンやカーディガンスーツ、くるぶし丈のイブニングドレス、つま先で切り替えたパンプス、革とチェーンストラップのキルティングバッグなど、多くのシャネルスタイルの典型といわれるものは、すべてこの時期に形成されていたのです。第一次大戦後の新しい女性像をとらえたスタイルをアピールしており、それらは、今もしっかりと受け継がれています。また、その頃、親しくしていた多くの芸術家たちの影響も大きいといわれています。

シャネルの歴史

シャネルは、1914年にガブリエル・シャネルがパリ・カンボン通り21番地で帽子店をオープンしたのが始まりです。ココ・シャネルというのは、幼少のころからの呼び名で、シャネルの「CC」は、ここからきています。1916年にそれまでタブーとされていた黒のドレスを発表し、シックで着心地のよいファッションを提案しました。また、下着の素材に使われていたジャージー素材を初めてスーツに使用し、話題になりました。

1921年には、香水「シャネルNo5」と「No22」を発表し、1924年にパルファン・シャネル社を設立します。1928年に、ツイード素材のシャネルスーツを発表し、1939年の第2次世界大戦勃発までシャネルの黄金時代がやってきます。

その後、1度は、ファッション界から身をひきますが、1954年に復活し、シャネルの定番「マトラッセバッグ」を発表します。1971年にココ・シャネルが亡くなってからも、その功績は引き継がれ、1983年にカール・ラガーフェルドが主任デザイナーに就任し、次々と、新しいコレクションを誕生させていきました。

シャネルの成功の秘密

シャネルの成功の秘密は、その画期的な素材使いだといわれ、それまで男性用の下着に使用されていたジャージー素材や、ツイード素材を女性用の服に取り入れるという革新的な試みが、当時、活動的になってきた女性たちの要求をしっかりととらえたものであったため、多くの人に支持されたのです。

1度は引退したものの1954年にカムバッグしてからは、働く女性をキーワードに、機能的なツイードスーツを発表し、当時流行していた、クリスチャン・ディオールのニュールックに対抗した、膝丈のスカートは、デスクワークをする女性達から支持されることになります。これが、後の「シャネル・スーツ」で、丸い襟元から見える白いブラウスが、豪華さを演出し、特にアメリカで、大流行し、少し遅れてフランスでも有名になり、世界的なブームを巻き起こします。

シャネルのこだわり

シャネルのデザインは、独創的で、シャネル自身の生き方やこだわりを表現していると思われます。1947年に大流行したクリスチャン・ディオールの「ニュールック」は、シャネルが提案した、解放された女性のスタイルとは全く逆のもので、胸元は大きく開き、曲線的に流れるようなシルエット、そしてくるぶしまであるロングスカートというスタイルでした。

そこで、シャネルが考えたのは、膝丈までのスカートと、上下が分かれたスーツスタイルで、働く女性がいかに機能的に動けるのかを研究したものでした。従来の女性特有の色彩や装飾、シルエットを捨て、男性的な服の要素を積極的に取り入れました。それらは、シャネル自身の男友達の服装からヒントを得たもので、素材も海軍の制服や狩猟用のツイードなど、非常に斬新なアイデアでした。

シャネルの魅力

シャネルの魅力は、ココ・シャネル自身の生き方に重なると思われます。彼女自身の人生が、スキャンダラスで、奔放という魅力的なものであったため、当時の女性たちが、「自由」や「解放」を重ね合わせていたのでしょう。シャネルが生み出すスタイルやデザインは、もちろんですが、その自立した生き方は、男性優位な社会から逃れたいという女性たちに非常に影響力があったのです。

そして、それまでのファッション界では考えられなかった斬新なアイデアで次々とヒットを生み出し、女性たちを驚かすとともに、魅了していったのです。それまでの「拘束された女性像」に対して「リラックスした女性像」を求め、それをファッションで表現したシャネルに多くの女性たちからの支持が集まったのでした。それは、今も変わらないシャネルの魅力として引き継がれています。

シャネルの現デザイナー

シャネルの現デザイナーは、1983年に主任デザイナーに就任したカール・ラガーフェルドです。ラガーフェルドは、1938年にドイツのハンブルグで生まれ、14歳の時、パリに移住し、16歳の時に、IWS「国際羊毛事務局」のコンクールで優勝します。その後、1963年に独立し、プレタポルテに進出し、同じ年、「クロエ」と契約し、1965年に「フェンディ」のデザイナーに抜擢されます。

そして1983年にシャネルのデザイナーに就任します。男性のスーツを女性用に作り変えたといわれる襟ぐりやすそをブレードで縁取りした有名な「シャネルスーツ」は、ココ・シャネルが作り出したスタイルの本質的な部分を変えずに、現代的なディテールを加えたもので、今では他のブランドの類似スーツのことも「シャネルスーツ」と呼ぶほどになっています。

シャネルのはじまり

ココ・シャネルは、本名をガブリエル・シャネルといい、「ココ」というのは、ガブリエルの愛称です。1883年にフランス南西部ソーミュールの救済病院で生まれ、母親が亡くなったあとは、孤児院や修道院で過ごします。孤児院を出たあと、踊り子を目指して、キャバレーで踊っていましたが、イギリスの青年実業家「アーサー・カペル」と出会います。そして彼のバックアップをうけ、1914年にパリのカンボン通りに「シャネル・モード」という帽子屋を開店しました。

シンプルな帽子は、たちまち評判になり、お店は大繁盛します。そして南フランスのドーヴィルに洋服のブティックをオープンし、ジャージー素材の服を売り出したことで、それまでコルセットに締め付けられていた女性たちは、初めて、体を自由に動かせる機能性のある服を手にいれたのでした。